2006年11月28日火曜日

日経「おじさんは怒っているぞ」コラム:言いにくいことはメールですませるのが最近の若者の特徴



あはは、同感。メールは「簡単」なのである。アホでもサルでもメールはうてる。言いにくいことをメールで言いっぱなしにしてすむと思ったら、大間違い。

今晩の日経夕刊で女子高校生の消費動向を調査するブームプランニング(東京・渋谷)の中村泰子社長によると「言いにくいことはメールで伝えるのが若者の特徴」だそうだ。遅刻や会議欠席の連絡をメールで通知する社員が増えているとも言う。女子高校生では許されるかもしれないが、社会人ではとても許されることではない。

ところがあいつらアホザルにこの「非」を指摘すると、彼らは「IT社会ではメールが常識」と、さも年寄りが時代遅れであるかのようなことを言う。年寄りにはITコンプレックスがあるから、多くの中高年は「そうかな〜」と思ってしまう。こうして「非常識」が社会全体に広まっていくのである。

こうした「非常識(メール)汚染」文化をどうやって食い止めるか。散人のやってきた方法をご披露する:
  1. メールは一週間に一度しか(または気が向いたときにしか)読まないと公言する。本当に重要な連絡事項は直接電話や書類で送られてくるべきだということを周知徹底させるのである。
  2. 重要なメールに付いては、必ず受信確認のメールを返信する。返信されないメールはつまり読まれていないということを相手に分からせる。これ社会人の常識。言いぱなしの「私は言いましたよ、それで責任は果たしました」というメールは、すべて無視してゴミ箱に入れる。後でぐちゃぐちゃ言ってきても、「そ〜かな〜、ボクはパソコンが苦手でメールなんか読んでいないな〜」とトボケる。
  3. それでもなお文句を言うようなら「どうしてそれほど重要なことなのに、なぜ直接言ってこなかったの? そんなことがメールで済まされると思ったの?」とネチネチいじめる。これで大抵は引き下がる。

パソコンの画面に向かってキーボードを叩く方が、電話で直接相手に話すより遥かに容易だ。なぜか。言いぱなしで済むからだ。サルにでも出来るのである。でも御注意。散人は電子メールとやらが一般化する前から、何十年間もテレックスで商売をしてきたから知っているのだが、メール(テレックス)によるコミュニケーションは、電話によるコミュニケーションより、いったんトラブルと、遥に問題をこじれさせ拡大化してしまう傾向がある。相手の反応に対して瞬時に行うべき「微調整」が効かないからだ。だから、大切な事柄は決してテレックスやメールで済ませては行けない。

2006年11月27日月曜日

こと農業問題となると、日本に於いては表現の自由が認められないらしい!



この記事:
農業経営者: "本誌では、11月号において集落営農に関する記事を4本掲載しました。それを伝える日本農業新聞紙上の本誌広告では、「犠牲者」「貸しはがし」「矛盾」他の文言がスミで塗りつぶされています。"
いやはや、呆れる。

日本の農業は、まさに「利権まみれ」である。真っ当な「農業経営者」はつぶされるだけ。それなのに消費者団体は、ヒステリックに旧態依然たるニッポンの農業を「自然で環境に優しい」と支持する(実際は大間違いである)。結局のところ一番の被害者は一般都市消費者。あんたたちこそがボラれている。

それなのにナイーブな家庭の主婦主体の消費者団体と単細胞の国粋主義者のウヨは、ニッポンの農業を守るためには戦争をも辞さない覚悟らしい。両方とも、ツケは自分が払っていることに気がつかないということで、とてもナイーブで、アホ。

改革を目指すまじめな気鋭の農業経営者たちが、旧態依然の非効率的な既得権者集団につぶされてしまうのは、見ておれない気持ち。これがまかり通るようでは、ニッポンは売りだ。

2006年11月24日金曜日

「日本の食の基本は、カレーライスとトンカツ、それと煮物」(吉本隆明)



政府が「食育白書」なんてもの を発表した(ここ)。あんなもんを読むより、吉本隆明を読む方がいい。この断定が 正しいかどうかの問題ではない。「食いもんへのこだわり」はいかにグロテスクで悲しいものかがよくわかる。

この本:
吉本隆明「食」を語る
吉本隆明「食」を語る吉 本 隆明 宇田川 悟


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吉本隆明の食べ盛り時代は戦時中だったので、一番悲惨な戦後の食料難時代 にはもう大人だった。だから子どもの時代は案外いいものを食って育った。それでも、充分には食べられなかったようで、飢餓恐怖症から白米偏重の伝統食の悪 弊に染まったため、ながらく糖尿病。かれのいう「伝統食」の奴隷となったことが、病気につながった。心したいことである。

でも、いいことも言っている。懐石料理と高級レストランのフランス料理は 「得体が知れない」と。これは同意。あれは拘り過ぎだ。

つくづく、料理の味の好みとは個人的なものであると思う。吉本は「東京の 料理の味付けは淡白にすぎる」と断じる。九州出身のお母さんの味が一番とのことだが、関西人にとっては驚きの断定。しかし、これこそ料理の優劣の真実を物 語っている。好みとは所詮慣れ親しんだ味であるかどうかだけ。食材とか料理の味付けには、「能書き」はあっても、優劣はないのである。

「食」に拘るのは、卑しくって、格好が悪い。日本政府自らそんな格好の悪 いことを始めてしまった。特定の食習慣を「伝統的で優秀である」と断じる傲慢さだけは、持ちたくないものである。

「食」はともかく、この本には、社会論的、文学論的、政治論的に、数多く の「目からウロコ」がある。30ぐらいあるか。一読おすすめ。

Posted: Fri - November 24, 2006 at 09:09 PM   Letter from Yochomachi   名言(迷言)集   Previous   Next   Comments

2006年11月9日木曜日

「クジラをおかずに、あっという間にご飯三杯」(小泉武夫)‥‥ホントにお止めになった方がいい!



今晩の日経「食あれば楽あり」コラムで小泉武夫さん。クジラはうまいと牽強付会されているが、無理があるように思う。また、ご自身も健康診断を受けられた方がいい。

クジラは小さいときにしょっちゅう食べた。それしかタンパク源はなかったから。給食 は言うの及ばず、学校から帰ってからのおやつもクジラのベーコンを挟んだサンドウィッチだった。当時はこれがとても美味しいと思った。でも、懐かしいなぞ とは全く思わない。これしか食べられなかった悲しい時代を思い起こすだけだ。

た まにイナカからおばあさんがやってきて、その度に風呂敷いっぱいの食料品をもらった。戦後の都市部には食料がなかったから、とてもうれしかった。ある時ウ グイのみそ焼きをたくさん持ってこられて、こんなにうまいものは食ったことがないと大喜びで皆して食ったものだ。おばあさんは、イナカではあまり珍重され ない魚だけれどと、なんか都市住民を気の毒がっておられるようだった。うちには親戚に農家が居たことでみな飢えなくてすんだことは感謝しているが、そうい う親戚がなかった家族の多くは飢え死にをした。食料はあっても親戚とかお友達にしか回らなかったのである。こういう時代に戻してはならない。

家の家族がクジラを食べなくなったのは、豚肉を食べられるようになってから。豚肉をはじめて食べた時の感動をいまだに忘れられない。カルチャーショック。

昔 の日本人は、海岸部の特殊な地域は別としてクジラなんかは食わなかった。京都の伝統料理にもクジラはない。戦後の食糧難時代にやむなくとられた国の政策で 国民はいやいやクジラを食べたにしかすぎない。それをエコロたちは「クジラこそニッポンの伝統文化だ」と主張する。笑止千万。だったらオットセイ(トド) やクマ肉ももっと珍重するべきだろう。あっちの方がよほど縄文文化に密接に関連した伝統食材だ。クジラが「ニッポンの伝統食生活だ」と主張することは、 「終戦直後に酒の代わりにみんなが呑んだエチルアルコールや人造米(コメ以外の穀類から工場で作ったコメみたいな食品)こそニッポンの伝統食文化だ」と主 張することに似ている。

野坂昭如なんかの戦後の飢餓生 活を経験した人は、その経験があまりに悲惨だったために、コメこそが大切と主張する。でも彼のやっていることは上手いことの自分だけの農地を確保して(自 分も農民になって)みんなが飢え死にしても自分だけは助かろうと画策するこそくな手段に他ならない。日本国民全員がそれを実行できない以上、まるで見当違 いの解決策だ。

戦後の日本国民が飢えたのは、国際貿易 を禁止されたからである。海外では世界的に農産物が余っていたのに日本では嫁入り時に持ってきた着物を国内農家と大根と交換するしかなかったのだ。そのお 金を貿易に使えば充分な農産物が手に入った。当時大儲けをした農村では、いまだに農産物貿易を禁止することで「夢よもう一度」との願望があるみたいだけれ ど、願い下げだ。国際自由貿易にしか、日本国民が飢えない手段はない。

それはさておき、小泉武夫さん、ご飯を三杯も食べているのはいけません。炭水化物のとり過ぎ。肥満になる上、糖尿病になる。血糖値を測った方がいいと思う。どう見ても成人病の兆候:

小泉武夫さんの写真

2006年11月5日日曜日

鹿児島県薩摩川内市ではトンボを守るためにブラックバスを1300匹殺したらしい



今朝の日経「ネイチャーウォッチ」。ベッコウトンボという珍しいトンボをブラックバスが食べてしまうというのでこの7月薩摩川内市では外来魚の来放流(リリース)を禁止する条例を施行。9月までの3ヶ月の間に回収箱でブラックバスを1300匹を集めた(殺した)。おかげでベッコウトンボとやらは大いに増えた自然は守られたとエコロ記者は喜々として報道している。胸が悪くなった。

夏からバス釣りを始めたバッサーの端くれの一人として、ブラックバスにはとても親近感を持っている。バス釣りとは漁獲持ち帰りを目的とした釣りではない。バスと遊ぶための釣りだ。猫じゃらしでネコをなんとか誘って「釣って」喜ぶという感覚だ。釣れば勝負は釣り人の勝ち。またおいでと一緒に遊んでくれたバスはリリースする。無益の殺生はしない。

これはとても自然な感覚だと思う。散人は一応仏教徒(真宗)の家庭で育ったから、やむを得ない場合を除いては動植物の命は大切にする。これは日本人の古来からの感覚でもある。滅びかけている動植物があれば、もちろん安全なところに移したりなんかして保護してあげるのはとてもけっこうなことだ。でもそのために殺生をする気にはとてもなれない。いじめられているコドモを守ることは大切だが、いじめっ子を殺していいということではない。

でもブラックバスを目の敵にして撲滅(駆除)に躍起になっている人たちには、こういう感覚は通用しない。自分たちは絶対的に正しいことをしているのだと狂信的に信じきっているから。彼らの信念はゼノフォビア感覚に補強されて、更にエコロと組むことで外国農産物を排除しようと言う農村ご都合主義も加わり、今や地方自治体ベースでの「確信」と化して制度化され、いかなる理性的な議論にも聞く耳を持たないのだ。

不適切な喩えであることは承知しながら言う。ナチのユダヤ人収容所でユダヤ人を大量虐殺した収容所職員たちも同じように「自分たちは絶対正しいことをしている」との確信のもとにガス室のオペレーションをしたのだろうな、と感じる。


追記:仏教の教えに付いてその原典を探したら、次のような説話があった。山形県のお寺のご住職の講話だが、お釈迦様や昭和天皇のお言葉を引いて、なかなか味わい深い。似非エコロたち、これ読め!
住職挨拶: "お釈迦様は、12月8日、明けの明星が光ったときにお悟りを開かれ、 「心あるものも無いものも、同時に道を成就している。草も木も大地もことごとく皆仏となっている。(有情非情同時成仏、草木国土悉皆成仏)」と説かれた。"

この「草木国土悉皆成仏」の心で持って、日本は古来から外来動植物を受け入れてきた。それが日本の豊かで多様性のある自然環境を作った。コメも桃も梅も、鯉(現代コイ)もニジマスもキンギョも、馬もネコも、日本のほとんどの動植物は外来のものだ。ブラックバスも今や完全に日本の自然の一部だ。多くの若者にとってブラックバスこそが「自然環境」ですらある。あなたたちはそれを破壊している。

現代日本には、この種の「思い込み」に基づく過激な「集団の熱情」がとても多いように思われる。

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